2009年08月06日

1945年8月6日午前8時15分

今から64年前の今日、1945年8月6日午前8時15分、アメリカ軍の大型爆撃機B29が、広島県広島市の市街地中心部上空でウラン型原子爆弾 (米国側通称:リトルボーイ) を投下しました。

・・・・そして、広島市中心部上空高度約600メートル地点で炸裂・・

たった一発の原爆が、おびただしい数の広島周辺市民を一瞬にして大量殺戮し、広範囲の街並みをほぼ完全に破壊し尽くしました・・・・・・・・・


原子爆弾の恐ろしい所は、爆発による熱線や衝撃波の物凄さはもちろん、放射線により後年長い期間に渡って残留放射能が人体や土地を汚染し続ける事です。
実際に直接被爆しなかった人々でも、原爆投下直後は勿論数日経ってから爆心地に入った人々も高濃度の放射能に蝕まれてしまい、その “間接被爆” による後遺症に苦しんでおられる方々が、今現在でも大勢いらっしゃいます…。

私は、幼少の一時期を広島で過ごしました。
当時既に敗戦後何十年も経ってましたが、広島の人々にとっては、ピカ (またはピカドン:この原爆の広島での通称) の記憶はつい昨日の出来事のように記憶の中に焼きついていて、当時まだ小さな子供だった柔らかな私の心の奥にも、悲惨な記憶の伝承がしっかりと強烈に刻み込まれました。
まるであたかも、自らが実際に体験した記憶であるが如く鮮烈に・・・・


皆さんも近い内にぜひ一度、広島市に在る平和記念公園を、その敷地内に建っている原爆資料館を訪れてみてください。
原爆と戦争の悲惨さの、ほんの一部を感じ取る事が出来るはずです。 “ほんの一部” であっても、多分かなり強烈な衝撃をお受けになる事でしょうが。
当時の実際のヒロシマでは、それはそれはもう、想像を絶する程の恐ろしい地獄絵図のような惨状が繰り広げられていた事でしょう・・・・

そして今年もまた、あの日と同じ暑い8月6日がやってきました。
64年前のこの時間の広島の惨状を想うと、私は。。。。


過ちは繰返しませぬから  

・・・黙祷・・・・・


「戦争を語り継ぐ60年目の証言」
http://www.geocities.jp/shougen60/





posted by 一寸法師 at 19:33| 東京 ☀| Comment(2) | 無知は罪なり・・・ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは〜

原爆があって、ようやく日本も戦争を終結させました。
私達は、時が立てば立つほど、忘れてしまいがちになりますが、
決して二度とこのようなおぞましい、悲劇を繰り返してはいけませんね。

自民党の議員達は、核を持てば核抑止力になると考え、北朝鮮に対抗するためには、
核を持たねばと考えているようです。
北朝鮮はアメリカを相手にしているのであって、日本なんか
視野に入れているわけでもないのに、むやみにに煽る麻生首相は。
原爆の日に、北朝鮮を引き合いに出し煽る気持ちがまったく分かりません。
Posted by まるこ姫 at 2009年08月06日 21:53
まるこ姫さんいらっしゃいませ〜

現在の自民党は、まるで40年近く前の東西冷戦時代の考え方を21世紀の現在まで相変わらず引き摺ってる “化石脳” 議員ばっかりみたいですね。
自民党公式動画サイトに、こんな動画がアップされてました。
全編お笑いオンステージなんですが、16分過ぎ辺りからその答えを自民党麻生太郎首相が熱く語ります。
“黒塗りのバス” が大音量の拡声器でナガリ立ててる主張 “そのまんま” の内容を…。

http://www.youtube.com/watch?v=mkpaGHR5vUQ
Posted by 一寸法師 at 2009年08月06日 22:27
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